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特    集

「刑法理論のご紹介」・・・・・・・・・・弁護士・上田裕介

  裁判員制度の導入にあたり、今回は、古くからの西欧の刑法理論をご紹介します。

 西欧近代刑法は、中世西欧刑法の特色である、法と道徳・宗教の不分離、権力者による刑罰の恣意的運用、刑罰における身分による差別、残虐な刑罰、を否定するところから形成されました。

 西欧近代の刑法理論の基礎を形作った学者としては、カントが挙げられます。

 カントは、法は個人の道徳には干渉できないと主張しました。また、カントは、犯罪を、理性に基づく自由意思に従って犯されるものと考え、刑罰を、犯罪に対する応報と考えました。
 このような応報刑論においては、刑事責任の基本は、自由意思に基づく行為に対する非難と考えられています。

 以上のようなカントの考え方を発展させた学者として、フォイエルバッハとヘーゲルが挙げられます。
フォイエルバッハは、法と道徳を峻別する考え方を引き継ぎつつも、刑罰は犯罪に対する応報という観念的な考え方をせず、犯罪により得られる快楽より大きい不快が刑罰によって科されることが事前に明示されていれば犯罪を防止し得る、という心理強制説を唱えました。ただ、心理強制のためには過酷な刑罰は不要であると考えていたようです。
さらに、フォイエルバッハは、犯罪の防止には刑罰があらかじめ明示されていなければならないという罪刑法定主義を確立したとされています。

 これに対し、ヘーゲルは、「犯罪は法の否定であり、刑罰は否定の否定である」と主張して、刑罰に犯罪防止などの目的を導入することを排除しました。ヘーゲルは、フォイエルバッハの心理強制説に対しては、「犬に向かって杖を振り上げるようなものであり、人間は名誉と自由に従って取り扱われなければならない」と考えたのです。

 しかし、19世紀末ころに至り、産業革命の疲弊が顕わになってくると、犯罪が増大し、旧来の形而上学的な説明では犯罪を説明しきれない状態が発生しました。

 そこで、犯罪には原因があり、自由意思から犯罪は生じるものではない、という新派刑法理論が登場しました。

 新派刑法理論は2つに大別できます。1つは、犯罪の原因を生物学的要因に求める立場で、イタリア学派と呼ばれます。イタリア学派を代表するロンブローゾという学者は、生まれつきの犯罪者というものがあるという仮説を立て、受刑者の頭蓋骨、骨格を研究し、犯罪者の身体的特徴を実証しようとしました(生来性犯罪人説)。

 新派刑法理論のもう1つは、犯罪の原因を社会構造から生ずるものと考える立場で、フランス学派と呼ばれます。
 この2つの犯罪原因論を総合したと言われているのが、イタリアのフェリーという学者です。
 フェリーは、刑法は犯罪から社会を防衛する手段であり(社会防衛論)、刑罰は、社会にとって危険な性格を有する犯罪者に対する社会防衛処分であると考えました。
 この考え方を徹底すると、刑罰と保安処分が一体化し、社会にとって危険な性格を有する者は刑罰の対象となるということになります(性格責任論)。応報刑論のような、自由意思に基づく行為に対する非難は、もはや刑事責任の基本たり得ないと考えることになるのです。

 このような新派刑法理論に対抗する刑法理論全体を旧派と一般的にいいますが、新派にさらに対抗すべく、この旧派にも、後期旧派と呼ばれる考え方が登場しました。この後期旧派の特色は、応報刑を強調して新派の目的刑を非難し、道義的責任を問えない者には刑罰を科し得ないとして社会防衛論の考え方を非難するというものです。

 このように、西欧刑法理論は、刑罰を、応報と考えるのか、目的刑と考えるのか、また、刑事責任を問うのは道義的責任の追及ととらえるのか、社会防衛処分ととらえるのか、という点を主な対立点として激しく論争されていました。

 日本にも、このような西欧の議論がほぼそのまま戦前に持ち込まれ、議論の対象となりその後発展しています。

 裁判員制度の導入にあたり、以上の議論のような国民に刑罰を科す根拠などに思いを巡らせることも必要ではないかと思われます。また、このような刑法理論のみならず、法の支配とは何か、個人の尊厳とは何か、国民主権とは何か、裁判とは何か、犯罪とは何かなどについても、年始のこの機会に考える機会を一度もたれてはいかがでしょうか。


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